last supper

柱時計が時を刻み、マスターはサイフォンでコーヒーを作っている。
店内にはジャズが流れ、店内には落ち着いたやわらかい雰囲気が漂っている。

香ばしいコーヒーの匂いを嗅いでカップを傾ける。
コーヒーを飲む振りをして彼の姿を見つめていると、
目を細めて笑った。
今この空間に言葉なんていらない。
もう少しだけ静かな時に身を浸していたい。
目線が交わるとお互いの顔に微かに照れが浮かんだ。
この店で向かい合ってコーヒーを飲むのも初めてのことじゃなくて
もう何度も来ているけれど、今日はどこか
違った雰囲気。かちゃりとスプーンの金属音。
彼は珍しく今日は角砂糖をを一つまみ入れていた。
ミルクをたっぷり注ぐのが私流。
ほかに客もまばらにいるけれど店は静かだ。
賑やかに騒ぐ声もなく、コーヒーを楽しみながら時々会話を楽しむ。
元々この店には賑やかな雰囲気なんて似合いもしないけれど。


もうかれこれ一時間はこの店にいるだろうか。
コーヒーも２杯目を飲み終わりそうだ。
“冷めたコーヒーみたいな関係にはなりたくないね。”
それが彼の口癖なのに、冷めたコーヒーを飲み干して
時間を稼ぐみたいにお代わりをした。
どちらも店を出ることを提案せずに。
居心地が悪いわけではない。
ただ今日はいつもと違うのだ。

柱時計が、５時を知らせる。
窓からは日暮れ色の空が見えていた。
私はふ、と彼を見た。
今まで唇を動かせなかった彼がおもむろに口を開く。
長い沈黙を打ち破った。
「結婚しよう」
溜めに溜め込んだ一言はとっても重くて
思わず息を飲んだ。
いつにも増して真面目な顔だな。
ふと瞳を緩めて、彼は苦笑い。
「言うタイミング窺がってたっていうか」
「やだわ、もう。てっきり別れ話切り出されちゃうのかと。
　このままお互いいい気持ちのまま別々の道を歩こうとか」
「君、いっそ創作でもしたらどう？」
「……冗談」
「まあふざけるのも大概にしといて」
　彼は言葉を切ると改まった風に顔を引き締めた。
「ゆっくりでいいから返事聞かせて欲しい」
「待たせないわ。今まで待たせたんだから」
　真剣な眼差しで語りかける。
「私と結婚してください。一緒に歩くのは
この先あなた以外考えられないの」
ガラじゃないのに目元が潤む。
そっとハンカチが頬の表面を滑っていく。
「喜んで。こちらこそよろしくお願いします」
　涙混じりに頬を染めた。
　私は彼の前では自分を取り繕うことなんて
　できた試しがない。五本の指程の年数を
付き合ってきたというのに。
愛しい指先が手の平を摩る。
安心して。これから先君を不安になんてさせないから。
彼の心の声が聞こえてくるようだった。